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内田裕也の軌跡 その1(ロカビリー時代〜GS)

内田裕也の軌跡 出演作品他
1939年 11月17日 蠍座のB型
兵庫県にて誕生。
   
中学生のころは、生徒会副会長をつとめ、「まじめに勉強の反面、不良化のきざし顕著」    
1955年 『暴力教室』とともに、石原慎太郎の『太陽の季節』にショックを受ける。   この年、渡辺プロ発足
8月 映画『暴力教室』上映
1956年
プレスリーに憧れ、ホウキをギター代りに、一日中ロックンロール
高校を退学。夜間高校に転校。
6月
プレスリー登場
『やさしく愛して』『冷たくしないで』などのヒットをとばす
ジーン・ヴィンセント『ビーバック・ア・ルーラ』のヒット
1957年
音楽で生きることを決心。バンド・ボーイをはじめる。
まもなく佐川ミツオと共に、ブルー・キャップス結成。
「最初からロックンロール一本だった」
3月 『やさしく愛して』にプレスリー主演
6月
カリプソ旋風起こる
浜村美智子『バナナ・ボート・ソング』のヒット
10月
ロカビリー全盛時代
ジャズ喫茶が続々と誕生する
1958年 自らのバンド、<ブルージーン・バップス>を結成。メンバーには美川泰士(現在の作曲家、中村泰士)、北原謙二などがいた。 「絶対に、俺がやってんのがロックだという自負はあった」 2月
日劇『ウェスタン・カーニバル』開催
山下敬二郎とウェスタン・キャラバン、平尾昌章とオールサターワゴン、ミッキー・カーチスとクレイジー・ウェストらが出演
9月 ポール・アンカ『ダイアナ』でヒットをとばし、来日
1959年
デビュー当時この年、日劇『ウェスタン・カーニバル』にデビュー。
(※'81年の『最後の日劇ウェスタン・カーニバル』は、内田裕也プロデュース。)
 
  渡辺プロのマス・プロ化
4月 このころ、ロカビリー歌手の歌謡曲やジャズへの転身が目立つようになる。
6月 ジーン・ヴィンセント来日
10月 ニッポン放送、終夜放送開始
12月 第一回レコード大賞が制定される
1960年
この頃、かまやつひろし、高見純とともに<サンダーバード>というバンドに参加。
(※ジョージ大塚(Dr)、杉本喜代(G)、鈴木オマチン(B)、大野サンペイ(P))
4月
橋幸夫『潮来笠』でデビュー
ファンキー・ジャズの流行
10月 坂本九『上を向いて歩こう』のヒット
1961年
ロカビリーの歌手までがジャズの影響を受け、『ブルー・スェード・シューズ』を8分の6拍子に唄わせたのに腹を立てる。
59年、プレスリーの入隊のニュースに、たいへんなショックを受け、複雑な気持ちで『GIブルース』を鑑賞する。
<山下敬二郎とレッド・コースターズ>に参加
「ライブ・ステージが、やっぱ、一番自分に合ってると思ってた。」
<田川ジョージとダブル・ビーツ>に参加
1月
キングストン・トリオ、アート・ブレイキーなど外タレが続々と来日。とくにジャズ・アーティストが目立つ。
映画『GIブルース上映
ドドンパ流行 渡辺マリの『東京ドドンパ娘』がヒット
6月 『監獄ロック』上映
8月 続いてツイストの流行
植木等の『スーダラ節』がヒット。
1962年
尾藤イサオ・内田裕也・ほりまさゆき和製ポップス流行にもかかわらず、プレスリーものばかりをレパートリーとする。
「ナベプロのほうからは、いわゆる普通の歌を唄わせようとしたこともあったけど、俺はヤんないッていってた」
当時、プレスリーの直訳カバーシングルを多数発。
<寺内タケシとブルージーンズ>にヴォーカルとして参加
当時、プレスリーの直訳カバーシングルを多数発表
<寺内タケシとブルージーンズ>にヴォーカルとして参加
5月
ベンチャーズ来日
和製ポップス流行 弘田美枝子、ザ・ピーナッツ、中尾ミエらが、ヒットをとばす。
10月 ビートルズ、イギリスでデビュー

1963年
フジテレビ『ザ・ヒットパレード』、TBS『パント・ポップショー』などの音楽番組に出演。
恩地日出夫監督「素晴らしき悪女」に出演。
3月
ヒット・パレード全盛時代
外国曲の日本歌手によるレコード(カバー・レコード)が、続々とヒットをとばす。
舟木一夫、西郷輝彦がデビューし、橋幸夫と並んで『御三家』と呼ばれるようになる。
1964年
ビートルズをはじめて聴いたとき、「ともかく、すげエと思った。」
当時は、チャク・ベリー、ジーン・ヴィンセント、ファッツ・ドミノを演っていた。
2月 ビートルズ、日本最初のシングル盤『抱きしめたい』発売
5月 エレキ・ブーム到来
8月 ビートルズ主演の映画『ヤア!ヤア!ヤア!』ロング・ラン
12月 ローリング・ストーンズ『テル・ミー』がヒット
1965年 アストロノウツはスパイダースといっしょに、スプートニクスは『ザ・ヒットパレード』でなど、いろいろなバンドと共演。 アストロノウツ、ベンチャーズ、アニマルズなどのロック・バンドが続々と来日
8月 テレビ番組『勝ち抜きエレキ合戦』が人気を得る
12月 ビートルズ二本目の映画『HELP』公開
1966年
ビートルズ来日公演パンフレット写真ビートルズとの共演にあたり、尾藤イサオらと『ウェルカム、ビートルズ』という曲を作る。
「なぜ、外人の前に、日本のバンドが出ると、前座といわれるのか? 冗談じゃねェ。こっちは、本気でロックンロールしてるんだゼ。負けてたまるか!」
タイガースの前身であるファニーズを発見。タイガースは「内田裕也とタイガース」としてステージデビュー。
1月
ビーチ・ボーイズ、スプートニクス、ハーマンズ・ハーミッツなど続々と来日
6月
ビートルズ来日
フォーク歌謡曲の登場
荒木一郎、加山雄三、マイク真木らがヒットをとばす。
1967年
タイガースが渡辺プロに加入したことにより、ロック一途の志と合わず挫折。
さんざん頭に来ては悩んだあとに、嫌気がさして、ヨーロッパに渡る。
ヨーロッパではクリーム、ジミ・ヘンドリックス、フーなどの新しいロックの息吹を体験し新鮮なショックに再び生気を取り戻す。
1月 タイガース、『ウェスタン・カーニバル』でデビュー
4月
GS(グループ・サウンズ)全盛時代
スパイダース、ブルーコメッツなどに続き、ジャガーズ、カーナビーツ、ゴールデン・カップスなどが続々デビュー。
12月 フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』深夜放送で大ヒット
参考:『俺はロッキン・ローラー』(内田裕也著/講談社)
   『プロマイド昭和史』(小学館)
   『ニューミュージックマガジン』
※年度に関しては少しあいまいなところがあります。
当時に関するユーヤさんの談話:「覚えてねぇよ。」(2000.7.15)

1968年...



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